74年前の今日

以前ハワイを訪れた際、日系のタクシードライバーに乗り合わせた。
空港までの約30分間、ドライバーと色んな会話を交わした。
私がパールハーバーにあるアリゾナ記念館のことを持ち出すと、
彼は米国の若者に対する次のような嘆きを話してくれた。
 
最近の若者の中には、真珠湾攻撃は中国が行ったと思っているヤツもいて、
そういう彼らがアリゾナ記念館を初めて見学すると、
「あのおとなしい日本人が・・・」と、
あらためて、日本が行った攻撃だったと知って驚く若者が多いとか。
 
最近の中国の台頭が米国に政治・経済だけでなく、軍事的な部分までをも脅威と
思わせているということが、勘違いの原因として考えられるらしいのだが、
それとは別に、悲しいかな、米国があまりにも多くの戦争に加わって来たことで、
真珠湾攻撃などはワンオブゼムに過ぎないのかも知れないとも言っていた。
 
さすがに真珠湾を中国が攻撃したと思っている日本人がいるとは思えないが、
開戦日がいつか?と聞かれると、正確に答えられない人は結構いるかもしれない。
 
今年は戦後70年の節目の年だ。
そして、74年前の今日が、日本に戦後というものを作ってしまった始まりの日だ。
 
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私の条件反射

先日、日本の田舎のとある島で、クジラのヒゲが並べられているのを見た。

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反射的に、オーストラリアの内陸のとある村で、カンガルーのシッポが売られていたのを思い出した。

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シドニーでイースターの時期に行われる「シドニー・ロイヤルイースターショー」は、
オーストラリア最大、そして世界でも6番目に大きなイベントで、
イースターを挟んで2週間もの間開催され、参加者は100万人にも及ぶ。
2015年度は3月26日(木)~4月8日(水)まで開催される。
開催場所は、シドニーオリンピックパークだ。
 
どのようなイベントかと言うと、オーストラリアの農業を奨励するための農業祭だ。
農業祭なので農家の人たちが農業製品を展示・プロモーションするのがメインとなるが、
それだけだと集客できないので、観覧車や大型滑り台などの数々のアトラクションや、
花火やバイク、キコリの丸太割り競争などのエンターテイメントショーも楽しめる。
そして、世界各国のフードが食べられる屋台が400店以上も出店し、
イースターショー用にデザインされた大手企業のグッズやキャラクターグッズを集めた
イースターショーオリジナルのショーバッグ (中身の見える福袋) なども人気だ。
 
そんなシドニーイースターショーだが、参加者は人間だけではない。
イースターショーの人気者「家畜」が、メインゲストとして1万5千頭ほど招かれる。
牛、豚、羊、鶏、山羊、馬、犬、アルパカなど、
子供達と触れ合わさせられたり、ショーに出演させられたり、品評会に出品させられたり、
会場の至るところで見ることができる。
 
じゅーじゅーと音を立てて焼かれるオージービーフの試食会場では、
プレゼンテーターの隣で「我こそが主役」とばかりに得意げな顔をする牛の姿も見ることができる。
 
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1980~90年代には、中国からシルクロードを西へアフガニスタンやイランなど
ユーラシア大陸を横断し、トルコへ出てヨーロッパを終着地とした旅が流行った。
今から考えると、当時のこのルートは比較的のんびりしていて平和だった。
 
インターネットがなかった時代の個人旅行の主な情報源は、
地球の歩き方や旅の途中ですれ違う日本人旅行者からであった。
 
地球の歩き方に記載された古い情報や間違った情報を見付け出すことが、
一つの楽しみであり、情報の少ない場所を訪れた者の使命でもあった。
そして、次にこの地を訪れる日本人旅行者のために何かしらの情報を得ようとした。
 
数ある情報の中でもたわいもないものが意外と役に立った。
100円ライターは重宝される、折鶴は喜ばれる、5円玉は珍しがられる、など。
見知らぬ土地で我々日本人を快く迎え入れてもらうためには、
今では珍しくも無いそんな小さな情報が、大きなコミニュケーションツールになった。
我々個人旅行者は草の根外交を実践しているつもりだった。
 
高度情報化時代になった今、地球の裏側の情報もいとも簡単に手に入るようになった。
21世紀を迎えて草の根外交は倍倍ゲームのように実を結んでゆくはずだったのに、
地域によってはそれに逆らうかのような気配を漂わせている場所もある。
どうやら情報があればあるほど良いというものでもないらしい。
 
・・・がしかし、画一的な視点から見た情報だけでは困る。
特に海外の現地情報などは、スポンサーが付くような直接的で分かりやすい情報だけでなく、
派手さはないがマイノリティにスポットを当てたようなレアな情報も必要だ。
情報は画一的ではなく多様であってこそ、物事の本質が見えて来るからだ。
 
今の地球上で平和な生活がある程度保証されている「日本人」でありながら、
あえて危険を顧みない勇気あるジャーナリストからもたらされるようなレアな情報は、
時には、情報としての価値を通り越え、その情熱によって心が揺さぶられてしまう。
 
そんな情熱に裏打ちされた真の情報に触れられることに感謝しなければならない。
 
◆今回の中東における日本人拘束事件で亡くなられたお二人のご冥福をお祈りする。
 

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オーストラリアで最もポピュラーなお菓子といえばティムタムだ。
ティムタムはいかにもオージーが好きそうな濃厚なチョコレートビスケットだ。
 
オーストラリアではどんなに辺鄙な場所へ行っても
スーパーやガソリンスタンドの棚にはティムタムがあるのが当たり前で、
ティムタムを見ない日は無いと言っても過言ではないほどの国民的お菓子なのだ。
 
そんなティムタムは日本人の口にも合うらしく、数年前からお土産として免税店などでも売られるようになった。
(これって、森永のポッキーやグリコのビスコが免税店で売られるようなものだ。)
そして、お土産だけでは事足りなくなってきて、日本の輸入食品店などでも見かけるようになった。
そして、輸入食品店だけで買うことができるお洒落なお菓子だと思われようとしていた矢先、
あれよあれよと言う間に、近所のスーパーにサキイカやバタピーと一緒に置かれるようになってしまった。
 
と言うことで、もはやティムタムをお土産にすることはできないのであった。
(オーストラリア限定フレーバーは除く)
 
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オーストラリアで見かけるサンタクロースの多くはサーフィンをしているか、ビーチで寝そべっている。
袋を下げてまじめにプレゼントを配ろうとしている奉仕的なサンタなどまず見かけない。
 
ヨーロッパや日本の子供にとってはヒーローであるサンタのおじさんは、
オーストラリアでは一風変わったちゃらけたおっさんだ。
 
しかし、ちゃらけたサーファーサンタは、オーストラリアのクリスマスには欠かせない夏の風物詩だ。
つまりクリスマスや年末年始商戦には欠かせないオーストラリアの恵比寿さんなのだ。
 
オーストラリアのサンタクロースは、身を隠して子供にプレゼントを与えることではなく、
自分をプロモーションすることでお店に客を呼び、大人達にお金を与えることを期待されているのだ。
 
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イスラム教、キリスト教、仏教、無宗教など、いかなる考え方を持とうとも自由だが、
人の自由を奪うこと(人を恐怖に陥れること)は卑劣極まりない行為で、決して許すことはできない。
 
世界最先端と言ってもよいほど自由な国オーストラリアは、
銃、核兵器、原発に対する自由は米国に追随する気もなさそうだが、
米国が主導する対イスラム国の有志連合においてはその中核を担っている。
 
自由とはなんぞや?
考えさせられる今日この頃だ。
 
2014年12月16日、シドニー立てこもり事件で亡くなられた方々のご冥福を祈る。
 
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★Martin Placeのクリスマスツリー
ステーキは霜降りのとろけるような肉であればあるほどよく、
そんな肉をレアまたはミディアムで中までしっかり焼かずに食べるのが美味い、
などと言うのは、日本の中だけの神話にすぎない。
 
オージーは赤身の肉を焦げるまで焼いて食べるのが大好きだ。
 
確かにオーストラリアのステーキを日本と同じ感覚で、レアなんかで注文すると、
ぐにゃぐにゃしてなかなか噛み切れず、途中でギブアップなんてことになり、
「オーストラリアで食べたステーキはまずかった」となってしまいかねない。
(こういう肉食獣のような?食べ方が好きなオージーも沢山いるのだが。)
 
ステーキハウスの店員に「なぜオージーは硬いステーキを好むのか?」と尋ねたところ、
「日本人とはステーキを食べている歴史が違う。」と返ってきた。
つまり、日本人にとってステーキを食べ始めたのはつい最近のことで、
ヨーロッパ人(オージーの先祖たち)と比べるとまだまだ初心者だという訳だ。
ステーキというものは肉の塊なので、味と一緒に歯ごたえを楽しまないと意味がない。
柔らかいものほどよいというのであれば、健康を考えて豆腐を食べておけばよい。
・・・のだそうで、「噛む」ということがとても重要らしい。
 
霜降りの柔らかい肉をレアで食べるのと、赤身の肉をベリーウェルダンで食べるのでは、
同じビーフステーキでも、全く違った食べ物になるのだ。
 
口に入れた瞬間にとろけるようなジューシーな肉を食べたい場合は日本で、
ステーキの味と同時に、食べ終わりのアゴの疲れ方に「ステーキ食べた感」も味わえる
肉々しい食感を楽しみたい場合はオーストラリアでどうぞ。
 
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阪急阪神ホテルグループのレストランのメニュー偽装問題の一つに、
「京都産九条ネギのロティ」と名付けたメニューに使用していたネギを、
最初は九条ネギを使っていたが、途中から別の安もんネギを使っていた、というものがあった。
 
これを聞いて思い出したことがある。
 
私がシドニーの現地手配会社で、日本の旅行会社のパッケージツアーの商品開発をしていた時のことだ。
シドニー市内観光時のランチにチャイニーズレストランを利用することになり、
年間の利用人数などを伝え、メニューと料金を決めて契約に至った。
 
半月後、市内観光のお客さんにまぎれて抜き打ちでチェックしたところ、
なんと、メニュー内容は同じであったものの全てのボリュームが減らされていたのだ。
春巻きは小さくなり、チャーハンは少なくなり、スープは器が変わった。
レストランのマネージャーにクレームしたところ、
「量や大きさの契約はしていない。」という返事が返ってきて、恐れ入った。
 
このレストラン。二度と使わなかったのは言うまでも無い。
 
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先日、父と某駅からホテルまでのわずか150mの距離をタクシーに乗らなければならなかった。
父の体調が急に悪くなったからだ。
タクシーを使うことには抵抗があったが、やむを得ず頼み込んで乗車させていただいた。
案の定ドライバーには露骨に嫌な顔をされ、何度お礼を言っても最後まで一言も口を聞いてもらえなかった。
乗車させてもらったことは有難かったが、気分は不快だった。
 
私は、サービスを受けながら誰も嬉しい気持ちにならなかった3分間に興味を持った。
結局タクシー会社やドライバー、そして私達にもそれぞれの事情というものがあって、
それがお互い理解できていなかったということだが、理解していれば双方がハッピーになっていたかもだ。
同じ3分間でも全く違ったひと時となったわけだ。
 
デフレが進行する日本で、最もあおりを受けている業界の一つである旅行業界では、
いかに効率化を図って一人当たりのお客さんにかかる接客時間を減らそうかとばかり考えている。
そうすると、お客さんに合わせたきめ細かいサービスは控えるようになり、一律なサービスになってゆく。
ちょっと複雑な問い合わせや、予約につながりそうも無い問い合わせだと判断した場合は、
会社の方針もあり、やっつけ仕事になってしまう。
やっつけになるくらいなら断わればよいのだろうが、旅行業界の性としてつい受けてしまう。
こうなったら最後、スタッフもお客さんもアンハッピーな時間を過ごすことになってしまうのだ。
 
これらは旅行業界の身勝手な事情というものである。
 
一方で、それぞれのお客さんの人生や生活にも事情というものがある。
問い合わせ方法や問い合わせ内容、旅のスタイルや旅の企画内容は、
それぞれ事情があって考えられたことだろう。
一人ひとりの事情が分かればよいのだが、こちらから聞くのも失礼だし、
お客さんからいちいち説明することも面倒で抵抗があるかもしれない。
 
本来、旅行会社で働く人達はお客さんに色んなことを教えたいと思っている。
良い意味でおせっかいな人が多く、そういう部分でお客さんの役に立ちたいと心から思っている。
スタッフの心と会社の方針の違いが大きなジレンマとなっているのが旅行業界だ。
 
お客様、ぜひできる限り多くの事情をお知らせください。
そしてハッピーな時間を共有しましょう!
 
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日本の8月は第二次世界大戦を回想することが多くなる季節だ。
しかし日本人として国内はもちろん世界各地で起こった悲劇や惨劇があまりにも多すぎて、
全ての戦禍の実情を知ることはなかなか難しいものだ。
 
オーストラリアのカウラという田舎町で起こった悲劇も、知る人ぞ知るというレベルでしかない。
カウラで起こった日本兵捕虜脱走事件は、カウラ事件と名付けられている。
1944年8月5日未明の集団脱走であった。
 
詳しくはウィキペディアの「カウラ事件」をご参照いただいたり、
2008年に放映された以下のテレビドラマのDVDなどをご覧いただくと分かりやすい。
 
日本人にとっては、美しい珊瑚礁やビーチを持ち、キュートな動物コアラが生息する
底抜けに明るいイメージが先行する国オーストラリアだが、戦争による暗い一面もあったのだ。
 
カウラの捕虜収容所跡地に広がる原野と青空を見てみると、何とものどかな風景だ。
そんなのどかな風景の中に、朽ちてゆく収容所の土台の跡がある。
ますます戦無世代の割合が増えてゆく日本の国とカウラの原野が重なって見えた。
 
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私はスーツケースを大小合わせて8個持っている。
8個のスーツケースは旅の種類によって使い分けるようにしている。
 
先日、そのうちのかなりくたびれたスーツケースを持って旅に出た帰りのこと、
関空のターンテーブルからそれを取り上げたところ、
片方のコマの部分とちょうつがいの部分が損傷してしまっていた。
早速、保険会社指定のカバン屋にスーツケースを直接送って直してもらうことになった。
 
カバン屋から連絡があり「損傷箇所にシールを貼って送ってほしい」ということだった。
送る前にあらためてまじまじ見ると、中の仕切りなどもボロボロに痛んでおり、
そろそろこのスーツケースも寿命かな~、送るのも面倒だな~などと思いながらも
取り合えず連絡してしまっていたので、コマとちょうつがいの2ヶ所にシールを貼って送った。
 
2週間くらいで届いたスーツケースを見てみると、
今回損傷した2ヶ所はもちろんだが、もう片方のコマも新しい物に付け替えられており、
ボロボロになっていた中の仕切りまでが買ったばかりの頃のように元に戻っていた。
表面は汚れているが、その他は新しいスーツケースにリカバリーされていた。
 
私はいたく感動し、とてもハッピーな気分になった。
 
サービスって内容やさりげなさはもちろんだが、受ける人にとっての絶妙なタイミングとが
ぴったり重なって、初めて大きな感動を生むのだとあらためて認識させられた。
 
私もそのような感動的なサービスを全てのお客さんに与えることができれば本望だ。
 
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メリークリスマス!
 
別にトチ狂ったわけではない。
オーストラリアでは真冬の7月にクリスマスを祝う習慣がある。
正確には「祝う」というよりは「楽しむ」と言った方が適当かもしれない。
12月のクリスマスが「祝う」クリスマスならば、7月のクリスマスは「楽しむ」クリスマスだ。
 
一般的な12月のクリスマスは、オーストラリアでは真夏だ。
水着を着たサンタクロースがビーチで日光浴をしていたりサーフボードに乗っかっているイラストは、
毎年必ずどこかしらで目にするオーストラリアの風物画ともなっているが、
オーストラリア社会を構成している北の旅人ヨーロッパ人らは、
やっぱりクリスマスは寒くて雪でも降らんことにはテンションあがらんの~、なんて思っているのだ。
 
実際クリスマスは寒ければ寒いほど、雪が積もれば積もるほど盛り上がるものだ。
 
オーストラリアの7月のクリスマス「Christmas in July」も寒い地方ほど盛んなようで、
暖かいケアンズやゴールドコーストよりも肌寒いシドニーやメルボルン、
都市部のシドニーやメルボルンより山あいの田舎町、
田舎町の中でもオーストラリアでは珍しく降雪のあるブルーマウンテン地域やダンデノン丘陵など、
故郷のクリスマスにイメージが近ければ近いほど楽しまれているようだ。
 
オーストラリアの冬は日本の冬と違って盛り上がりに欠ける。
なぜならば、肌寒くはあるけれど大して寒くもなく、ちゅ~と半端だからだ。
基本的に暑い国であるオーストラリアだけに夏場はとってもテンションが高くなるのだが、
冬場にはめっきり弱く、冬眠してるの?と言いたくなるほどで、大した行事も行われない。
 
結局、祭り好きなオージーたちが退屈しのぎに少しでも何かをやろうと取って付けたクリスマス、
それが「Christmas in July」なのだ。
 
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1988年からシドニー市内中心部にはモノレールが走っている。
これは四半世紀もの間、ずっと変わらない風景だ。
 
私が初めてシドニーシティの地を踏んだ日は雨だった。
ゴォォォーという音と共に頭上から大粒の雨水が落ちてきた。
モノレールのレールに溜まっていた雨水がモノレールの通過によって落とされたものだ。
当時は「うわっ最悪!」と思ったものの、今では避けようともしない自分がいる。
まあ、シドニーシティでは当たり前の事態というか、たいして汚くもないので気にしなくなった。
それだけモノレールはシドニーシティに同化しているのだ。
 
そんなモノレールだが6月いっぱいで廃止になるそうだ。
コストが高いやら美観を損ねるやらで、もろ手を挙げて歓迎されていたわけではないし、
私も2度しか乗ったことはないし、市民はほとんど利用しないかもしれないが、
シドニーシティから生涯消えてしまうとなると、あまりにも寂しすぎる話ではないか・・・
 
モノレールって、まるでホテルのミニバーのようだ。
あると賑やかくて華がある代物だけど、たいして使えないものだったりする。
でもあると何だか浮き浮きするしハッピーな気分になれるのだ。
経済事情は分かるけど、そういう無駄なモノって私は好きなんだけどなぁ~
 
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今、世界で最もホットな民族と言えばチャイニーズだ。
オーストラリアでもチャイニーズのパワーはそこらじゅうで沸騰している。
 
シドニーのとあるチャイニーズ経営のスーパーでは、
商品に値札を使用せず、ほとんどの売り物にマジックで直接値段を書いている。
 
箱や袋に書くのは分かるが、野菜にまで直接書いてしまうのはどうなのだろう。
しかも油性のマジックでだ。
 
かぼちゃ、キャベツ、白菜、かぶ、など・・・
いや~、チャイニーズの徹底したコスト削減手法には恐れ入る。
 
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以前、会社のスタッフの送別会でシドニーのあるチャイニーズレストランへ行った時のことである。
案内されて席に付くと日本語のメニューを持ってきた。
前にも来たことがあり、今までは英語または中国語のメニューしか見たことがなかったので、
今日は随分と用意がいいな、私達のことを覚えてくれていたのかな?
・・・と思ってメニューを開けて見ると、全体的にかなり値上がりしているのだ。
 
私達は「以前と比べて値上がりしたけど何かの間違いではないの?」と英語で尋ねた。
すると「あなた達は観光客ではないのか?」と言って、いつもの英語のメニューを持ってきた。
そこには日本語メニューの料金の半額近いメニューが並んでいた。
私達は日本人観光客のグループと勘違いされたのだ、ということがわかった。
(私達はその日、プレゼントを免税店などの紙袋に入れていた為、観光客に見えたらしい。)
 
要するに、このチャイニーズレストランからすると観光客は一見客でしかなく、
リピーターであるローカル客とは区別して考えているということだ。
それにしても、日本人観光客用の特別メニューがあるとは想定もしていなかった。
更に、彼らは悪びれることなく「それが中国式の商売さ」とでも言いたそうに平然としていたのには、
文化の違いを感じると同時に、中国人のたくましさを感じた瞬間でもあった。
 
ローカル用のメニューが、私達で言うところのポイントカード的な発想であると考えてみると、
露骨とも思える彼らのやり方は、私達日本人が考えていることとさほど変わりは無いかもしれない。
 
もし皆さんがチャイニーズレストランに行く機会があって、そこで日本語メニューが出てきたら、
それを定価だと思わずに、必ず英語のメニューも見せてもらってからオーダーするようにしましょう!
 
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オーストラリアでは毎年各地で多種多様なイベントやフェスティバルが行われる。
歴史の残る日本では節分やひな祭りなどの古くから伝えられてきた趣あるイベントが多いが、
近代移民の国オーストラリアでは、スポーツや音楽に関するイベントやフェスティバルが多い。
(アボリジニの5万年ほど前から伝えられてきた趣あるイベントを除けば、だが)
つまり「私たちを見てちょうだい」的な、参加者が自己主張をするものがほとんどである。
 
中でもオーストラリア最大のフェスティバル、シドニー・マルディグラは、
最も、多人種国家オーストラリアらしい「私たちを見てちょうだい」的フェスティバルで、
世界中のゲイやレズビアンたちが自己主張の場を求めてシドニーに集まってくる。
メインイベントのマルディグラパレードでは、彼ら?は世界一自由気ままな格好をして、
シドニーの街中で思う存分自己主張を繰り広げる。
世界で一番の「私たちを見てちょうだい」的フェスティバルの瞬間だ。
 
この強烈な個性を持つ人達のパレードを一目見ようと、約50万人の見物客が世界中から訪れ、
この日ばかりはシドニーはそれはそれは大パニック・・・いや、大盛況になる。
 
今年で35周年の節目を迎えるシドニー・マルディグラのパレードは3月2日(土)だ。
常に新しいことにチャレンジするオーストラリアの精神は祭りの中にも見ることができる。
 
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旅行会社のスタッフがプロとしての知識・技能を身に付けるために、 
トラベル・カウンセラー制度というものがある。
トラベル・カウンセラー制度の趣旨は、旅行業のプロとしての認定基準を設定し、
有資格者の排出により旅行業界の社会的地位の向上に寄与するとともに、
お客様の満足と信頼を得て旅行マーケットの拡大に繋がることを期待するものだ。
 
そのトラベル・カウンセラー制度の一つ「デスティネーションスペシャリスト資格」というものがある。
これは渡航先となる国の現地のスペシャリストの認定資格で、
オーストラリアを含むそれぞれの国のスペシャリスト試験が設定されており、
これに受かれば日本の旅行業協会によって「○○○国のスペシャリスト」として認定される。
 
晴れて受かった暁には「デスティネーションスペシャリスト」という認定証や認定カード、
バッジ、名刺用貼付シールなどをもらえる(お金を払って購入できる)ので、
それらをお客様に見てもらうことにより「この人は○○○国のスペシャリストなのね」と、
思ってもらえて、「この人に頼めば安心なのね」と信頼してもらえるということになる。
 
そんなこともあり、当社スタッフが「スペシャリストぉ!?よっしゃーやったるぜぇ~」ということで、
日々勉強に勉強を重ね、先日手ぐすね引いてこの試験にチャレンジした!
 
しかし、あまりの難しい問題にぶち当たってあっさりと玉砕したのであった・・・
スタッフが回答を間違えてしまった問題の一部を紹介しておきたいと思う。
 
【問1】 シドニーのディナークルーズはカジュアルな服装では乗船できない?
スタッフの答え「×」
そう思った理由「オージーのカジュアルな服装って水着ととサンダルだからなぁ~」
【正しい答え】 「○」
解説「カジュアルな服装で、乗船可能。ただしスラックスや襟付きのシャツが望ましい。」
スタッフの感想「それってスマートカジュアルやん!」
 
【問2】 オーストラリアのカジノ入場では、ある程度カジュアルな服装でもかまわない?
スタッフの答え「×」
そう思った理由「オージーのカジュアルな服装って水着とサンダルだからなぁ~」
【正しい答え】 「○」
解説「ただし、ジーンズ、サンダル履きは避ける。」
感想「あかんやん!」
 
【問3】 ホワイトヘブンビーチやハートリーフへはケアンズから行ける?
スタッフの答え「○」
そう思った理由「行けるから」
【正しい答え】 「×」
解説「ケアンズからは行くことができない。ハミルトン島から行くことができる。」
感想「日帰りのことかいっ!」
 
【問4】 オーストラリアのガイドはほとんど日本人である?
スタッフの答え「×」 
その理由「オーストラリアでは、日本語ツアーはほんの一部だから」
【正しい答え】 「○」
解説「一部特殊な場合を除き、およそ9割近くが日本人ガイド。」
感想「日本語ツアーだけのことかいっ!」
 
【問5】 シドニーのホテルのハーバービュールームからはオペラハウスが見える?
スタッフの答え「○」 
その理由「見えるから」
【正しい答え】 「×」
解説「一概には言えない。」
感想「ほんなら今までの問題全部そうやん!」
 
【問6】 タスマニア州で有名なワインの産地は、(    )バレーである。
スタッフの答え「(タマー)」 
その理由「英語でTamarなので、タマー。」
【正しい答え】 「(テイマー)」
感想「めっちゃええ発音やん!」
 
【問7】 サケなどの(     )物は、タスマニア州の名産品である。(漢字で入力)
スタッフの答え「海産物」
その理由「サケは海産物だから」
【正しい答え】 「海産」
感想「まけてぇ~な~」
 
 
これらの問題が解けないとスペシャリストの称号は与えられないのだ。
これでいいのか旅行業界!
 
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今週はチャイニーズニューイヤーで世界各地の中国人はさぞかし盛り上がったことだろう。
シドニーでは毎年ジョージストリートの交通を遮断して盛大なパレードを行う。
シドニーのメインストリートを貸し切ることができる民族は中国人くらいだ。
沿道で世界各国の人たちが大勢見守る中、
中国人の老若男女がドラゴンのハリボテやライオンダンス、カンフーダンスなどで楽しませてくれる。
どこにこれだけの中国人がいたのか?ここは本当にオーストラリアなのか?
・・・と思うほど、中国一色に染まる一時だ。
 
一昔前、世界のどこでも見かけるのが日本人で、世界のどこにでも住んでいるのが中国人と、
世界を放浪するバックパッカー達に言われたものだった。
 
現在、世界中に住んでいる日本人や、世界を飛び回っている旅行者の多くは、
世界の各地で中国人を他の人種以上に意識することになり、
中国のパワーを肌で感じていることと思う。
 
中国人のパワーは、中国や日本で感じるものよりも、両国以外の国で特に強く感じられる。
つまり中国人と日本人が共にアウェイとなる国で、それぞれを比較してみると面白い。
 
その両者がアウェイとなる国オーストラリアには約60万人の中国人が住んでいる。
(一部ではプラス40万人の中国人が滞在しているという噂もあるが真相は分からない) 
そして、シドニーにはオーストラリア最大のチャイナタウンがあり、
日常的に至るところで中国人パワーが炸裂している。
 
日本食を真似た、なんちゃってジャパニーズレストラン。
日本のパンやケーキの味をそのまま真似た、なんちゃってジャパニーズベーカリー。
クリスマスであろうが年末年始であろうが365日ひたすらオープンするお店。
カジノのバカラのテーブルを占領し、トランプをこれでもかというくらい折り曲げる人々。
などなど・・・
 
日本人と比べると中国人は大胆で物事の細かいことにはこだわらないようだ。
大胆不敵なオージーと比べても中国人のたくましさは引けを取らない。
このたくましさに負けないためには日本代表として大阪のおばちゃんを送り込むしかない。
 
今やオーストラリアのパワースポットといえば、ウルルと並び「中国人が集まる場所」もそうだ。
 
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ケアンズは今は雨季。 
ケアンズが最も活気付く季節だ。 
と言っても、ケアンズの季節は雨季か乾季しかないのだが・・・
 
草木の緑はまぶしくなり、生き物が休眠から覚め、森や庭は賑やかくなる。
家の壁や天井には、どこからどうやって入り込んだのかヤモリがへばりつき、 
タンスやクローゼットや下駄箱の中では菌類が繁殖する。
 
蒸し暑さは日本の梅雨とは比較にならないほど激しく、
この時期、日本からケアンズを旅行する観光客は、 
ケアンズ空港に降り立つと、重たい湿気の帳を思わず手で払いそうになる。
梅雨を不快だと思う日本人からすると、ケアンズの雨季はそれに輪をかけたように不快だ。
 
世界で最も乾燥している大陸オーストラリアに住む人々は、 
雨季のケアンズやダーウィンのウェット感に引き寄せられるようにやってくる。 
好き好んで梅雨前線に合わせて日本を旅行するなんて、想像したこともない日本人は、 
ウェット感を求めて旅行する人たちが世界には沢山いることをあまり知らない。 
乾燥した大陸に住むアメリカ人もその一種で、アメリカに住む富裕層では、 
雨季のケアンズやポートダグラス、そして北部ダーウィンなどで休暇を過ごす人もいる。
 
湿気の多い国に住む日本人が雨季のケアンズを快適だとは思わないかもしれないが、 
ケアンズ人は雨季が大好きだ。 
雨季のないケアンズなんてビーチのないゴールドコーストのようなものだと思っている。
 
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オーストラリアは干ばつに洪水と、数年ごとに異常気象が大きな問題 (災害) となる。
これは、地球規模のエルニーニョ現象とラニーニャ現象によるところが大きいとされる。
世界各地で異常気象が発生する中、特にオーストラリアがクローズアップされるのは、
広大な面積を擁し、多様な気候区分を持っており、気象を単純に比較できるからだ。
つまり、それぞれの現象に対する異常気象が両極端に現れる唯一の国だということだ。
 
オーストラリアの気候は大きく熱帯気候、乾燥気候、温帯気候とに分けられる。
一つの国で熱帯気候と乾燥気候を持つ国は、他には無いのではないか?
 
オーストラリアでは、エルニーニョの時は干ばつ、ラニーニャの時は洪水が激しくなるというが、
通常でもケアンズなどでは雨が大量に降るし、東海岸ではサイクロンも頻繁に上陸する。
また、オーストラリア大陸の半分以上は乾燥気候帯に属し、常にどこかしらは干ばつである。
 
現在、バンダバーグを中心としたオーストラリアの東海岸では大雨と洪水に見舞われている。
しかし、現在はラニーニャ現象は起こっていない、ということから考えると、
今回の洪水は本来オーストラリアが持つ気象の特性によるものだろうと予測できる。
そのような状況で、「ラニーニャが現れていない」という情報が人々を油断させて、
ひょっとすると被害を大きくしたのかもしれない。
 
だとするとあまりにも皮肉な話で、これはある意味「異常気象情報」とも言えるのではないだろうか。
 
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ブッシュファイヤーは自然現象だ。
最近は不審火によって発火する場合も多々あるが、元来、太古から続いている自然現象だ。
 
ユーカリの葉や樹皮が枯れて地面に積もり、そこに太陽エネルギーが降り注ぐと、
乾燥したオーストラリア大陸の地面は高温となり、発酵したり擦れたりして自然発火するらしい。
また、オーストラリア内陸部でよく見られる落雷によって発火することも多い。
 
ユーカリの葉には他の植物と比べて多くの油分が含まれて燃えやすいため、
一旦発火すると、あれよあれよという間に猛火となって広大な土地を燃やし尽くす。
 
なぜ、わざわざ自らを燃えやすいようにしてしまったかと言うと、
高温によって種が地面に落ちて芽吹くような仕組みになっているからである。
種を滅びさせないように、時々自然発火させることで子孫を残しているというわけだ。
 
ブッシュファイヤーの多い乾燥したオーストラリアには、
他にもバンクシアやグラスツリーなど、ユーカリと同じような生態を持つ植物が存在する。
 
しかし、燃えすぎても種は死んでしまうので、ちょうどよい程度に燃えることが必要だ。
この絶妙なバランス感覚が自然の妙技でもある。
・・・が、人間が最も苦手とするものでもある。
 
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オーストラリアのブッシュファイヤーは、主に自然発火によって発生する。
一年を通じて乾燥や高温が続くと、大陸のブッシュと呼ばれるところで頻繁に発生する。
ここで言うブッシュとは、大雑把にはユーカリの林や森だ。
山林もあれば、草原や砂漠に近い潅木地の場合もある。
ブッシュファイヤーの原因は、地面に積もったユーカリの枯葉や樹皮が、
降り注ぐ太陽エネルギーを受けて、擦れたり、発酵したりして発火するといわれている。
 
ブッシュファイヤーは何万年も前から行われている自然界での営みだが、
近年の人間界では自然災害と呼ぶ人も増えてきた。
 
自然に身を寄せたい人々が、自然界を切り開いて奥へ奥へと居住をすすめる。
人間は自然とうまく共存したいと願っているのだが、自然界はそう単純に受け入れてくれない。
毎年ブッシュファイヤーで命を落とす人や家屋や家畜などを失う人達のニュースを聞くと、
自然が縄張りを守ろうとしているようでもある。
 
ブッシュファイヤーは、台風や地震などと比べると、
人間が力を持ってすれば抑え込める自然災害なのだろうが、自然の摂理であるがゆえに、
これを力だけで抑え込もうとすることは、家族や故郷に反旗を翻すことと同じである。
 
オーストラリア人にとって、ブッシュは心の拠りどころであり心の故郷だ。
ブッシュファイヤーが自然災害と呼ばれなくなる日はくるのだろうか。
 
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シドニーの交通の要といえば公共バスである。
朝と夕方の通勤ラッシュにシティに乗り入れるバスはとんでもない数で、
バスによってシティの道路が混みあってしまい、しばしば歩行者に追い抜かれる本末転倒ぶりだ。
 
そんな中、驚くことにバスドライバーが停留所で止まっている間にコーヒーを買いに行ったり、
のろのろ運転を利用して、無料で配っているピザやジュースなどをもらいに行くこともある。
また、少し郊外の停留所では、急にドライバーが入れ替わることがあり、
その際にはエンジンもストップし、5分ほど乗客はそのままバスに閉じ込められる。
 
こんな、日本では考えられないシドニーの公共バスの運行状況なのだが、
乗客はというと「しまった。ハズレくじを引いてしまった。」というような顔はするものの、
私が知っている限りでは文句を言ったり、ましてや怒ったりする乗客を見たことはない。
 
ある日、シドニー北部の巨大ショッピングセンターへ行った帰りのこと。
車内はビーチ帰りやショッピング帰りの客でごったがえしていた。
バスがある停留所に止まりドライバーが入れ替わることになった。
そこで問題が発生した。
後ろのドアが開かなかったため一人のオージーが降りられなかったのである。
なぜならば、バスの一部の降車用ブザーが壊れていて鳴らなかったからである。
問題はそれだけではない。
ドライバーが入れ替わる際にドライバー同士がドアを閉めたまま世間話を始めたのだ。
日本では考えられないのだが、シドニーではこんなシーンもほんとによくある。
 
車内は非常に混雑しており、前のドアまで歩いて行くにはかなり面倒そうだ。
オージーは後ろのドアを開けてもらおうと「バックドアー」と叫んだ。
ドライバーは大声で話し込んでいるから後ろの声までは聞こえない。
再び「バックドアー」と叫ぶが全く反応がない。
たまりかねた前方にいる乗客がドライバーに「エクスキューズミー」と声をかけたと同時に、
「ガシャン!」という音がした。
叫んでいたオージーが非常口のガラスを非常用かなづちで割って出て行ってしまったのだ。
 
他の乗客はキャーともすんとも声をあげることなく、平然としながらも首を横に振りながら、
のんびりしているドライバーにあきれると同時に、短気なオージーにもあきれていた様子だった。
 
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「今年の紅白歌合戦見た?」「今年も白が勝ったね」などという会話は、
オーストラリアに住む日本人同士の年始の挨拶としては一般的なやり取りである。
(蛇足かもしれないが「去年」と言わずに「今年」というところがミソだ。)
 
新年を迎えるとオーストラリアの日本人コミュニティーの間で紅白歌合戦のDVDが流出する。
 
永住者や駐在員や学生、ワーキングホリデーなどのオーストラリアに住む一般人宅だけでなく、
日本食レストランなど現地邦人をターゲットとしているお店などでも紅白歌合戦の映像が流される。
 
1月にオーストラリアを訪れる日本人観光客のみなさん。
異国の地で再び紅白歌合戦を見ることになるかもしれないが、
「何?これ?オーストラリアに来てまでぇ~」と興ざめするのではなく、
「へぇ~これがオーストラリアの新年なのねぇ~」と関心を抱いていただけると嬉しく思う。
 
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今年もシドニー年末カウントダウン花火の時期がやってきた。
シドニー年末カウントダウン花火とは、大晦日にハーバーブリッジから打ち上げられる花火のことだ。
 
シドニーに住む人だけでなくオーストラリアの各地、そして世界各国から観光客が集まってくる。
白黒黄色、赤青緑と人種のオンパレードとなる。
 
それを目当てにクルーズの催行会社などはこぞって普段の数倍もする乗船券を販売する。
船上はリッチな気分で心地よく観賞できるが、迫力という点ではいささか物足りない。
 
シドニー年末カウントダウン花火の最大の魅力はその迫力にあるように思う。
ハーバーブリッジから打ち上げられる花火そのものもそうなのだが、
ハーバーブリッジに津波のように押し寄せる多人種の群れと、
その群集に紛れ込みながら迎えるカウントダウンには、とてつもないエネルギーがある。
この地球の縮図のようなパワー溢れるワールドクラスの迫力は現場でこそ感じることができる。
 
それを最も感じることのできる場所はシティ最北端のドウズポイントという場所だ。
ドウズポイントはシティから歩ける距離にあるため世界中の観光客が集まるポイントなのだ。
また、ハーバーブリッジの真下ということもあり比較的テンションの高い人達が好む場所でもある。
 
ドウズポイントには昼を過ぎると早くから観光客のグループなどが陣を構えにやってくる。
カウントダウンまで10時間以上もあるのに、彼らはのんびりピクニック気分でやってくる。
不規則に広くてきとーに場所を確保しているポリネシア人のファミリー。
キャプテンズチェアーを並べて湾を往来する船を眺めながら話し込んでいるギリシャ人のグループ。
黄昏時が近づいてくると様々なカップル達がやってきて、海岸の前に腰をかけてそのまま居座る。
日が沈みかける頃には特等席と呼べる場所は人でいっぱいになり、その頃若者達がやってくる。
 
アフリカ系の若者達がブブゼラを吹きながらとんでもない音量を引っさげてやってくると、
周りは迷惑そうな顔をして彼らを迎えるが、場は一気にフェスティバル気分になる。
 
平均身長が2mほどもあろうかと思われるオージーとポリネシア系の若者達が集団でやってくると、
羨望のまなざしで皆の注目を一同に集めることになる。
ラグビー選手なのだろうか、彼らはまさしくドウズポイントでは主役のようでもある。
 
インド人は意外?と陽気で、集団で歌を歌い踊りながらやってくるし、
アラブ人は意外?とまじめな顔をして会話もせずにのしのしと歩いてくる。
まじめな彼らのほとんどは女性同伴でもあり、まるで彼女達を守るSPのようだ。
 
日本人や韓国人などのアジア系は体格的な見た目のインパクトやオーラは感じさせないが、
結構派手で変わった服装や帽子やイベント用の装飾品などを身に着けていたりして、
群集の中でも意外と目立っていたりするので、他国の子供達に人気がある。
 
夜10時ごろになると怒涛のごとく次から次へと人が押し寄せる。
仮設トイレは長蛇の列で30分待ちは当たり前だ。
アルコールでつぶれた若者を救急車が群集を押しのけて拾いに来る。
カウントダウンの15分前くらいになっても人の波は途絶えることなくますます膨れ上がる。
隣にも前にも人だかりでぎゅうぎゅうになってとんでもないほど熱気は高まり、
ブブゼラの音があちこちで不規則に鳴り響き、不快指数は100%を超える。
 
しかし、いよいよカウントダウンが始まると、わずか10秒で雰囲気は一変する。
ハーバーブリッジは戦場に架かる橋となり、とどろく爆音ときらめく閃光がドウズポイントを圧倒する。
同時にカメラのフラッシュの光や人々の叫び声、様々な楽器の音、風船が飛ぶ音割れる音など・・・
集まった人達の一年間の鬱憤も含め、とてつもないエネルギーがドウズポイントを支配するのであった。
 
シドニー年末カウントダウン花火は、船上で観るより戦場に参加することにこそ意義がある。
 
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クリスマスにオーストラリアを観光される方の多くは、
現地に着いてからその盛り下がり方に少なからずショックを受けられることが多い。
 
現地オプショナルツアーは催行中止となっているものが多いし、
テーマパークやアトラクションは閉園か営業時間短縮になっているところが多いし、
レストランも普段よりも高額な(かと言って味は変わらない)メニューしか設定されていないし、
クリスマスに出勤させられた店員は無愛想だったり、
町でオープンしているお店といえば、アジア系のおみやげ屋であったりコンビニだけだったりする。
 
そんなオーストラリアのクリスマスだが、唯一盛り上がる場所がある。
それは教会だ。
 
町の散策中に教会をみつけたら中を除いてみよう。
多くの教会ではクリスマスに合わせて、特別のミサやコンサートなどを行っており、
ほとんどが一般人も観賞することができる。
もちろんお金はかからない。
 
私もクリスマスをオーストラリアで過ごす場合は、必ず教会に足を運ぶことにしている。
田舎町であっても都会であっても見つけたら覗いてみる。
都会の教会は荘厳な雰囲気が心地よいし、
田舎の教会だとミサをやっていれば幻想的なシーンに出会えることもある。
 
クリスチャンでないからとかオーストラリアに住んでいないから、などと気にすることなかれ。
他民族国家オーストラリアでは、信じるものは救われるのだ。
 
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私はお金をよく拾う。
今までに財布を5回ほど、現金に限っては30回は拾ってきた。
面白いことに日本では財布ばかりを拾って、オーストラリアでは現金ばかりを拾う。
 
この両国の違いは、単純に日本人は常に財布を使っているから財布を落とすのであって、
オージーは財布を使わないから財布を落とさないということだと思う。
 
オーストラリアで皆が財布を持たない理由の一つとしては、
オーストラリアのコインがゴツゴツしているので、財布に入れにくいという理由があげられるだろう。
日本のコインと比べると一つ一つが分厚くて重たいということと、
20セントや50セントという大型コインが財布の使用を遠ざけてしまうのだ。
特に50セントは存在感ありすぎる ! 
(私も使用していた財布が破れてコインが路上に散乱したことがあり、その際に数枚が紛失した。)
 
財布を使用しないオーストラリアで、財布が落ちていないのはあたり前だ。
財布は落とさない代わりに現金を落としてしまうのだが、あまりにも落としすぎではないだろうか?
コインは5セントから始まり、10セント、20セント、50セント、1ドル、2ドル。
紙幣は5ドル、10ドル、20ドル、50ドルとほぼ全ての種類を拾った。
(唯一100ドル札だけは拾ったことがない。)
 
その理由として考えられることは、一つにコインの質の問題かと思う。
オーストラリアのコインは、材質的に落とした時に音がひびきにくい。
日本のコインは1円玉を除けば「チャリン」と音がするが、
オーストラリアの1ドルと2ドルコインは鈍い音しかしない。
また、オーストラリアのコインは日本のコインと比べるとかなり分厚いので、
縦に落ちるとそのまま転がってしまって見失う確立も高い。
 
二つ目には紙幣の質の問題もあると思う。
オーストラリアの紙幣は日本のものと比べると、モノポリーの紙幣かと思うくらい小さい。
小さいと落とす確率も高くなるだろう。
また、質的にプラスチックで作られているのでしっかり折りたためないため保管しにくいし、
ツルッとしていてポケットから出し入れする時にスルッっと滑り落ちてしまうこともしばしばだ。
 
三つ目にはオージーの質の問題もあるだろう。
お金がよく落ちている場所はパブやカジノ周辺だ。
パブでは日本の居酒屋とは違って、お酒を一杯飲むのにその都度現金を出して買う必要があるし、
カジノでは言わずもがなだ。このパブとカジノは必ず併設している。
それにオージーは酔っ払うと日本人と比べ物にならないほど手が付けられなくなるので、
ポロポロ落としても何ら不思議でもないし、
中にはテンション高くばらまくヤツがいても何ら不思議ではない。
 
そういうわけで、オーストラリアでは下を向いて歩こう。
まるで宝島で金貨や銀貨を探しているような気分になるだろう。
運がよければ幻の100ドル紙幣を拾えるかもしれない。
 
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旅はプラン作成が大きな楽しみであるが、プランを他人に任せる「旅行」も悪くない。
 
ずいぶん前のことだが、JTBのパッケージツアーに参加して中国に行ったことがある。
北京でオリンピックが開催される2年ほど前のことだ。
私は某旅行会社に勤務していたにもかかわらず、わざわざJTBを利用した。
 
なぜ、自社を使わずに他の旅行会社を利用したかと言うと、自社は中国専門ではなかったからだ。
では、なぜパッケージツアーを利用したかと言うと、プラン作成に手間をかけたくなかったからだ。
 
つまり、自分の時間を惜しんだのである。
仕事に忙殺されていた時期に、突然、思いもしない休暇が降って沸いてきたので、
試しに旅の全てを他人に任せてみようと思ったのだ。
 
旅行会社を選定するにあたっては少々時間が取られたが、旅行会社とツアーが決まった後はとても楽で、
ややこしい部分はJTBの担当者に丸投げしておけばよかった。
 
ツアーは滞りなく、名所旧跡に連れて行ってくれて、スケジュールどおりに事が運んだ。
ただ、食事に関しては、毎食同じような中華料理が円卓にずらっと並び、
参加者一同でテーブルをクルクル回しながら食べるスタイルに飽きてしまった。
 
また、当時中国が先進国の仲間入りを果たせるかどうかの試金石とも言われていたので、
オリンピック前の「中国のあけぼの」を肌で感じてみたく、
最終日の夜はツアーを離団させてもらって(もちろん夕食代の返金はなし)、
中国四千年の歴史を誇る中華料理をボイコットし、
10年程度の歴史しか誇らない中国の洋食を捜し求めて夜の北京市内をぷらぷら徘徊した。
 
結果、イメージしていた洋食屋さんなどは見付けられず、
グランドハイアットのレストランで(かなり中国人びいきの)イタリアンと中華のコラボ料理を食べた。
 
当時の北京での西洋料理はまだまだ黎明期であって料理のレベルはイタリア料理としては
かなり低かったが、かえってそういうものが「夜明け前」の北京の雰囲気を醸し出してくれて、
中華風イタリア料理に満足し最高の夜を過ごせた。
 
翌日、ツアーに合流すると、
私達以外にも昨夜、意気投合した数名のツアー客同士で北京のカラオケ屋に繰り出したらしく、
今回の旅行で最も思い出に残る楽しい一時を過ごせたととても喜んでおられた。
 
まあ、旅行の思い出とはそんなところで生まれるもので、パッケージツアーという「旅行」に「旅」の
スパイスを取り入れて、自分なりのプチオーダーメイド旅行にアレンジするのは一興である。
 
Beijing.jpgのサムネール画像

旅行と旅

旅行と旅は、ゆで卵となま卵のようなもので、一見同じようだが中身は全く違うものだ。
全く違うものなのに、旅行業法に基づいて登録した旅行会社が「旅行」と一緒に「旅」を販売している。
 
旅行と旅はどう違うのか?
この違いを一言で言い表すことはできないのだが、一つの例をあげて見ると、
旅行はローリスク・ハイリターンであって、旅はハイリスク・ハイリターンを求めるものであると言える。
普通に考えると、旅行の方が良いに決まっていると思えるのだが、旅のリスクこそが魅力だと感じている人もいる。
 
では、旅のリスクとは何か?
例えば、航空券だけを手配して海外へ行く人などは、宿や送迎などを事前に手配していないという部分では渡航先でのリスクが高い。
 
旅行派が「何が面白くてそんなことするの?不安じゃないの?」と思うような行動を魅力に感じる人が旅派なのだ。
 
旅派は、旅にはリスクがつきものだと思っていて、
旅は人生そのものだ(または、人生は旅である)とも言い放つ哲学者もどきが多い。
確かに「旅行は人生そのものだ(または、人生は旅行である)」と言う人に出会ったことはない。
だからか、旅にリスクを求めたがり、リスクを乗り越えることを最大の喜びとし、この「喜び」がリターンという訳だ。
 
 
さて、「旅」を手がけている旅行会社のほとんどは、旅派の魅力をそぐことはあれど、助長することはしない。
助長すると言うことは、旅行会社の売上を減らしてしまうことに直結してしまうからである。
なま卵はゆで卵にしてなんぼ、と言ったところだろうか。
 
しかし、皮肉なことなのだが、旅行会社で働くほとんどは旅好きであることも間違いない。
 
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観光素材と言われるものは様々だ。

自然もあれば、人が造った建造物や、人が創った文化的なものもある。
 
では、世界のどの場所にでも存在する、世界で最も親しまれている観光素材は何か?
 
答えは、サンライズとサンセットだ。
世界の全ての場所で、天から平等に与えられている観光素材だ。
これらをいかに上手く活用するかは、その地次第。
 
エアーズロックなどは、世界で最も恩恵を受けている場所の一つだと言える。
 
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初めて日本を出て、今はなきソビエト連邦を旅してからというもの、
この惑星の壮大さに魅せられっぱなしだ。
 
よく人から「なぜ旅をするのか?旅の魅力とは何なのか?」と尋ねられる。
私は「地球で生まれたからには地球のことを知りたいし見ておきたいから」と答える。
これは本能のようなものだろうか。旅を思うと血が騒ぐのである。
 
オーストラリアだが、縁があってこの地を知り、旅をして、住み着いた。
今となっては第二の故郷とも言える場所だ。
オーストラリアはいろんな意味で、日本と正反対の国だ。
正反対の国だからこそ、驚かされることや感心させられることが多く、
これらの発見こそがオーストラリアの旅の最大の魅力であると私は思っている。
 
この最大のオーストラリアの魅力は、短い旅で実感することは難しいのだろうか?
住んでみないと分からないのだろうか?
私はそう思わない。
想像力や思考力を使うことで、旅の長短に関係なく実感できると思う。
 
オーストラリアはエアーズロックやグレートバリアリーフに代表される大自然や、
コアラやカンガルーに代表される動物が魅力の中心だと思っておられる方。
それだけでは、大金を払ってオーストラリアを旅行されるには、あまりにももったいない話だ。
 
では、何が魅力なのか?
と、問われると一言では言い表せないので、文章にして伝えることにする。
皆様のオーストラリアの旅を数倍楽しく、価値あるものにできればよいのだが・・・
 
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